●「聞く耳」も育っていく
良い声を出すためのポイントを教わっても、うまくできないことがあります。
今日は届いたメールを引用しながら解説しましょう。
「喉に力を入れない」「喉に頼らずお腹に頼る」と言われても、声が弱々しくふらふらになってしまうように感じて、なかなか言われたとおりにできなかったのだそうです。
ところが、実際に自分の声を録音して聞いてみたところ、
録音を聴くと、思いのほか声がなめらかに出ていて、
「自分にもこんな声が出せるのか」と驚くくらい
喉で押さない澄んだ声が出ていました。
「良い声の出し方」に近づけたなあ、と素直に思えました。
うまくいきましたね。
出た自分の声を耳で聞きながら、「うまくできているかな」「この声でいいかな」と判断しながら練習をするわけですが、「あ、今、良い声が出た」と感じたときでさえ、その感覚を過信せず、「声を聞く力」そのものを丁寧に育てていきましょう。
1年前に「良い声」と感じて満足していた声を、1年後に聞いても「良い声」には聞こえず、満足できないでしょうから。
「聞く耳」もトレーニングで育っていくからです。
●「初心忘るべからず」の「初心」とは
楽器のレッスンと同じで、「どういう音が良い音か」「何をすれば良い音が出せるか」を判断する力を、最初から持っているわけではありません。
先日も「一からスタートする気持ち」の大切さをお話ししました。
文字どおり「一から」なら、「どういう音が良い音か」「何をすれば良い音が出せるか」の先入観はないはずなのに、何かしらの先入観を持っている人が多いのが現状です。
楽器のレッスンなら、「どういう音が良い音か」「何をすれば良い音が出せるか」を一から学んで身につけていこうとする人も少なくないのですが(本来それが当たり前)、発声や話し方だとどういうわけか「私はこういう話し方が好き」「私はこういう声が良いと思う」からスタートしてしまい、成長が阻害されやすい。
つまり、バイオリンでもピアノでも、何年も何十年も練習を重ねた成果として身につく判断力(こういう演奏が好き、こういう音が良い音)を、発声・話し方の場合はなぜか最初から「自分は持っている」と思ってしまう。
まあ、「好き嫌いなんだから勝手でしょ」と言われてしまえばそれまでですが、しかし、まさに「それまで」です。
トレーニングの意味がない。
バイオリンを習い始めたばかりの私が、指導を受けながら「いや、自分はパガニーニに憧れているんで、この構え方でいいんっす」「いや、高音でかすれる感じの音、ハイフェッツも出しているじゃないですか。好きなんですよ、これが」などと主張したら、技術は伸びないし、教わる意味がないし、たぶん教えてもらえない。
スタート時にそんな状態だったとして、それは「初心」ではありません。
初心とは、「先入観が無い状態」ですから。
引用しているメールには、続けてこう書いてありました。
たぶん、「自分はわかっている」という意識があって、
それが取り組みすべての邪魔をしているのかもしれません。
「こういうもの」という自分基準を外して取り組みます。
まさにそれが「初心」です。
これからぐんぐん伸びますよ。
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通る声、届く声の出し方の本